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福岡高等裁判所 平成3年(行コ)17号 判決

控訴人 渡壁周作 外四八名

控訴人らの訴訟代理人弁護士 高橋庸尚

同 青山吉伸

被控訴人 波野村長 樽木野惟幸

右訴訟代理人弁護士 河津和明

同 斉藤修

同 原田信輔

同 福山富士男

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2(一)  主位的請求

控訴人らが、別紙一覧表記載のとおり、控訴人らの住所地へ転入した旨の届出につき、被控訴人に住民基本台帳法五条ないし八条に基づく控訴人らの住民票の記載(住民基本台帳への登録)をする義務が存在することを確認する。

(二)  予備的請求

控訴人らが、別紙一覧表記載のとおり、控訴人らの住所地へ転入した旨の届出に対する被控訴人の不受理処分を取り消す。

3  控訴費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二当事者の主張

一  控訴人らの請求原因

1  控訴人らは、別紙一覧表の「異動日」欄記載の日に別紙当事者目録記載の肩書住所地に転入し、同一覧表の「転入届日」欄記載の日にそれぞれ被控訴人に対して転入届を提出したが、被控訴人は、同一覧表の「不受理通知日」欄記載の日にこれらをいずれも不受理とする処分(以下、一括して「本件不受理処分」という。)をした。

2  しかし、被控訴人には、転入者から転入届の提出を受けた場合は、住民基本台帳法五条ないし八条に基づき住民票の記載をする義務があるから、本件不受理処分は違法である。

3  よって、控訴人らは、被控訴人に対し、主位的に、被控訴人には、控訴人らについて別紙当事者目録記載の肩書住所地において住民票基本台帳法五条ないし八条に基づく住民票の記載(住民基本台帳への登録)をする義務があることの確認を求めるとともに、予備的に、被控訴人がした本件不受理処分の取消しを求める。

二  本案前の被控訴人の主張

1  主位的請求の不適法について

(一) 本件主位的請求は、行政庁に対し、行政処分をすべき義務があることの確認を求めるいわゆる義務確認訴訟であるが、次のとおり、義務確認訴訟なる訴訟形態を認めることは許されないから、不適法である。

(1)  義務確認訴訟は、行政庁の積極的又は消極的態度によって外部的に形成された違法状態の除去を求め、処分の相手方の法的地位を防衛するという行政事件訴訟法に定める抗告訴訟を超えるものであり、これを認める明文の規定もない。

(2)  行政処分をするか否かは専ら行政庁固有の権限に属するものであるから、義務確認訴訟を認めることは三権分立の原則に反する。

(二) 仮に義務確認訴訟なる訴訟形態を認めるとしても、法定抗告訴訟に対して補充的地位に立つものであるから、義務確認訴訟が許されるためには、〈1〉法定抗告訴訟によっては救済できない場合(補充性)、〈2〉行政庁の権限、義務が一義的に明白であって、行政庁に一次的判断権を行使させる必要がない場合(一義的明白性)等の厳しい要件が要求されるところ、本件の場合は、次のとおり、これらの要件を欠いているから、義務確認訴訟が許される場合に当たらず、不適法である。

(1)  仮に被控訴人の不受理処分が違法であれば、控訴人らは法定抗告訴訟たる取消訴訟により十分救済できるから、右〈1〉の要件を欠く。

(2)  被控訴人が控訴人らの転入届の受理・不受理を決定するにあたっては、控訴人らの住所が当該届出地にあるか否か、あるいは当該届出地を住所と認めることができるか否かを含め、住所の認定に関する調査をすることができるのであるから、被控訴人の義務が一義的に明白であるとはいえず、〈2〉の要件も欠く。

2  予備的請求の不適法について

控訴人らは、本件不受理処分について審査請求をせず、熊本県知事の裁決を経ないまま本件訴訟を提起しているから、控訴人らの予備的請求は、行政事件訴訟法八条一項但書に違反し、不適法である。

三  本案前の主張に対する控訴人らの反論

1  主位的請求の適法性について

取消訴訟のみでは行政からの国民の救済手段としては不十分であり、義務付け訴訟が許容されるべきであって、義務付け訴訟の要件として一義的明白性、緊急性、補充性が要求されるとしても、本件訴訟は、次のとおりこれらを具備しているから、控訴人らの主位的請求は適法である。

(一) 一義的明白性について

控訴人らは、本人が被控訴人の役場窓口を訪れて転入手続を行い、被控訴人側はパスポート等の提示を受けて控訴人らが本人であることを確認しているし、平成二年一〇月の国勢調査によっても控訴人らが肩書住所地に居住していることが公に確認されているから、控訴人らが波野村の住民であることは確定した事実である(住民基本台帳法は、住民票の記載事項の調査については任意調査を原則としており、立入り調査は全く予定していないから、仮に控訴人らが立入り調査を拒否したとしても、これを理由として控訴人らの住所が不明確であるとすることは被控訴人の職権濫用として許されない。)。

転入届を受けて住民票に記載することは、住民基本台帳法一条、三条に照らし、被控訴人の裁量の働く余地のない、一義的に明白な覊束行為であるから、控訴人らが波野村の住民である以上、被控訴人には、控訴人らについて住民票の記載をする義務があり、その義務は一義的に明白である。そして、本件においては、転入届不受理という被控訴人の一次的判断権は行使されているから、もはや被控訴人の一次的判断権を顧慮する必要はない。

(二) 緊急性について

控訴人らは、住民票に記載されないことによって、国民の重要な基本的人権である参政権(例えば、選挙権、被選挙権、事務の監査請求権、議会の解散請求権)を行使できないばかりか、国民健康保険やパスポートの交付等も受けられず、ごみやし尿の回収などの行政サービスも拒絶され、更に子供が義務教育を受けられないなどの重大な不利益を被っており、緊急に救済される必要がある。

(三) 補充性について

被控訴人は、控訴人らの転入届事務に関して、転入届を受理しない方針の下に、「受理」の前段階として「受付」「保留」なる概念を案出し、「受付」しない、「受付」はするが「受理」しない、あるいは「受付」しても「保留」しておくといった変則的対応をし、何とか「受理」まで至らせないようにするという作為的態度をとっており、今後も際限なく不受理処分の理由を持ち出してくることが十分に予想される。

したがって、本件においては、本件不受理処分を取り消したとしても、被控訴人が何らの処分をしないことあるいは別個の理由による不受理処分をすることが十分に予想されるから、法定抗告訴訟によっては、控訴人らの救済の実効性がない。

2  予備的請求の適法性について

次のとおり、控訴人らが本件不受理処分について審査請求を経なかったことは適法である。

(一) 本件には、行政事件訴訟法八条二項二号(「処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる著しい損害を避けるため緊急の必要があるとき」)に該当する事由がある。

前記三1(二)のとおり、控訴人らは、選挙権の行使ができない、行政サービスの享受ができない、パスポート等の取得ができないなど、生存権、選挙権等を侵害されており、緊急に救済される必要がある。

(二) 本件には、行政事件訴訟法八条二項三号(「その他裁決を経ないことにつき正当な理由があるとき」)に該当する事由がある。

(1)  熊本県は、次のとおり被控訴人の本件不受理処分を支持する態度を取っており、控訴人らが審査請求をしても、熊本県知事が本件不受理処分を支持する裁決をすることは明らかである。

〈1〉 熊本県地方課は、被控訴人による転入届不受理に関して「不受理もやむを得ない」とマスコミに発表している(熊本日日新聞平成二年七月二〇日付掲載)。

〈2〉 宗教法人オウム真理教(以下「オウム真理教」という。)が被控訴人による転入届不受理問題に関して熊本県知事に陳情書を提出しようとしたが、同年一〇月一二日、受付を拒否された。

〈3〉 オウム真理教の国土利用計画法違反嫌疑において、熊本県は、適正な手続及び要件を無視して同教団の名前を公表して名誉を毀損したのみならず、告発基準にも満たないにもかかわらず告発を行い(熊本日日新聞同年八月一六日付掲載)、同教団の追出しを図った。

〈4〉 熊本県知事は、「おかしなことになれば、県として告発を含めてきちんとした対応をとる。」(熊本日日新聞同年六月二八日付掲載)と、オウム真理教信者に対する人権侵害に加担した、被控訴人寄りの発言をしている。

〈5〉 熊本県議会において、同年九月二七日、オウム真理教の波野村進出問題に関連して、自民党議員により、宗教法人格の取消条件を緩和する「宗教法人法改正の意見書案」が提出され、一〇月一日本会議で可決されている。

〈6〉 熊本県議会は、同年九月二七日、被控訴人のオウム真理教に対する陳情書を採択した。

〈7〉 本件と同種の事案について、転入届を不受理とされた者が熊本県知事に対して被控訴人の住民票不受理処分の取消しを求めて審査請求をしたが、審査請求から四か月以上経過した現在も未だ裁決がされないまま放置され、事実上、熊本県知事は、被控訴人の不受理処分を追認している。

(2)  控訴人らの訴訟代理人弁護士は、平成二年一〇月二二日、国土利用計画法違反等の嫌疑で逮捕され、審査請求の期限を過ぎても勾留されたし、当時のオウム真理教に対する迫害状況からして、代わりに代理人を選任することも容易でなかったため、控訴人らは審査請求をすることができなかった。

3  憲法違反の主張

被控訴人のした本件不受理処分は、控訴人らの人権を侵害する重大な憲法違反であるにもかかわらず、裁判所が単なる手続上の不備を理由に本件訴訟の実質審理をしないまま却下判決をすることは、訴訟によってしか権利利益実現の実効性を保てない控訴人らの人権侵害の救済の道を閉ざすものであり、国民の権利を最大に尊重すべきであるとした憲法に違反する。

四  請求原因に対する被控訴人の認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2は争う。

五  本案に対する被控訴人の主張

次のとおり、被控訴人が控訴人らについて住民票の記載をしないことあるいは本件不受理処分をしたことは適法である。

1  転入届に基づき住民票に記載するためには、転入者が転入届記載の住所地に「住所」、すなわち生活の本拠を有していなければならないが、生活の本拠の認定は、居住の意思と居住の事実の総合判断によるところ、控訴人らが「住所」とする土地についての控訴人らの居住実態についての確認が著しく困難な状況にあり、調査によっても容易に生活の本拠を認定することは不可能である。

2  控訴人らが「住所」とした土地は、控訴人らが信ずるオウム真理教により、国土利用計画法及び森林法に違反して取得開発され、かつ、熊本県知事の開発中止命令をも無視して開発が続行された土地であり、このような悪質な違法行為によって開発された土地を「住所」とする控訴人らの転入届を受理することは、法体系の統一性を害し、その整合性を著しく損なうことになるから、許されない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  主位的請求の適法性について

1  行政庁に対し一定の作為義務の確認を求めるいわゆる義務確認訴訟は、取消訴訟を原則的な訴訟形態として規定している現行の行政事件訴訟法のもとにおいては原則的には許されないというべきである。

もっとも、行政事件訴訟法で定める法定抗告訴訟によっては当事者の救済が図られない場合も考えられないではないから、例外的に義務確認訴訟が許される場合もあるとする余地はあるけれども、その場合には、〈1〉行政庁が当該処分をすべきこと又はすべきでないことについて法律上覊束されており、自由裁量の余地が残されていないこと(一義的明白性)、〈2〉事前審査を認めないことによる損害が大きく、事前救済の必要性が顕著であること(緊急性)、〈3〉他に適正な救済方法がない場合であること(補充性)、の各要件を充足することが必要であると解すべきである。

2  これを本件についてみるのに、控訴人らには、義務確認訴訟によるまでもなく、端的に本件不受理処分の取消しを求める訴訟によって救済を得る方法がある(現に控訴人らは、予備的請求として本件不受理処分の取消しを求めている。)から、控訴人らの主位的請求は、少なくとも右1〈3〉(補充性)の要件を欠くものであるから、不適法といわざるを得ない。

控訴人らは、取消訴訟では救済の実効性がない旨主張するけれども、取消訴訟において本件不受理処分が取り消された場合には、行政事件訴訟法三三条二項により、被控訴人は、判決の趣旨に従って改めて控訴人らのした転入届に対する処分をしなければならないのであるし、取消訴訟の判決後に予想される被控訴人の対応として控訴人らが主張するところは、いずれも控訴人らの単なる推測の域を出ないものというほかないから、右主張は理由がない。

二  予備的請求の適法性について

1  住民基本台帳法は、同法の規定により市町村長がした処分に不服がある者は、都道府県知事に対し審査請求をし、その裁決を経た後でなければ右処分の取消訴訟を提起することができないと規定している(同法三一条の二、三二条)ところ、弁論の全趣旨によれば、控訴人らは、本件不受理処分について熊本県知事に対して審査請求をしていないことが認められるから、控訴人らの予備的請求(本件不受理処分取消訴訟)は、行政事件訴訟法八条一項但書に違反し、原則として不適法であるといわざるを得ない。

2  控訴人らは、審査請求を経ていないことにつき適法な理由がある旨主張するので以下検討する。

(一)  行政事件訴訟法八条二項二号該当事由(緊急の必要)が有るとの主張について

転入届に対する不受理処分も市町村長のした処分にほかならないから、住民基本台帳法三一条二、三二条は、右不受理処分に対する不服申立方法として審査請求を当然に予定しているものと解されるところ、控訴人らにおいて本件不受理処分に対して審査請求をしさえすれば、審査請求をした日から三か月を経過しても裁決がないときは、直ちにその取消訴訟を提起できる(行政事件訴訟法八条二項一号)のに、控訴人らが予備的請求として本件不受理処分取消訴訟を提起したのは、本件不受理処分の通知を受けた日から早くても四か月半を経過した後であること(このことは記録上明らかである。)、控訴人らが侵害されたとする権利のうち、参政権を除いては住民票に記載されることを要件として初めて認められる権利であるか疑問であるし、参政権についても、本件不受理処分取消訴訟提起までの間の具体的侵害について主張がないこと等を考慮すると、控訴人らが審査請求を経ないまま本件不受理処分取消訴訟を提起したことについて、著しい損害を避けるため緊急の必要があったとまでは認められないから、控訴人らの主張は理由がない。

(二)  行政事件訴訟法八条二項三号該当事由(正当の理由)が有るとの主張について

控訴人らは、熊本県知事が本件不受理処分を支持する裁決をすることが明らかであると主張し、その根拠として、事実欄の「三 本案前の主張に対する控訴人らの反論」中、2(二)(1) 〈1〉ないし〈7〉として摘示した各事実を主張する。

しかしながら、仮に右〈1〉ないし〈7〉の事実が認められるとしても、〈2〉は受付を拒否したのが熊本県知事であるか否かは明らかでなく、〈3〉及び〈4〉は本件不受理処分に関する発言とは窺えないし、〈7〉についてはその原因が不明である。また、その余の主張事実はいずれも熊本県知事の行為ではない。そうすると、右〈1〉ないし〈7〉の事実をもってしても、熊本県知事の本件不受理処分に対する考えを推認するに足りないというほかはなく、同知事が被控訴人の本件不受理処分を支持する裁決をすることが明らかであるとはいえないから、控訴人らの主張は理由がない。

また、控訴人らは、代理人弁護士の逮捕勾留、他の代理人選任の困難を理由に審査請求ができなかったと主張するけれども、本件不受理処分に対する審査請求は控訴人らが本人としてすることができるものである上、仮にオウム真理教に対する迫害があったとしても、他の弁護士を全く依頼できなかったとは到底考えられないから、控訴人らの右主張も理由がない。

(三)  そうすると、控訴人らの予備的請求も不適法で有るといわざるを得ない。

三  憲法違反の主張について

控訴人らの本件訴訟が主位的請求、予備的請求とも不適法である以上、これを却下すべきものであり、右一、二で判断したとおり、控訴人らには、適法な審査請求を経た上、転入届不受理処分について取消訴訟を提起する道があるから、本件訴訟を却下することが控訴人らの人権救済の道を閉ざすものとはいえない。憲法違反をいう控訴人らの主張も理由がない。

四  結論

以上の説示によると、控訴人らの主位的請求及び予備的請求はいずれも不適法として、却下を免れない。

よって、これと同旨の原判決は相当であるから、民訴法三八四条により本件控訴をいずれも棄却することとし、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 友納治夫 裁判官 柴田和夫 裁判官 山口幸雄)

別紙 一覧表〈省略〉

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